和田和美さん

県立人と自然の博物館   化石剖出技師

人と自然の博物館内に立地している「恐竜ラボ(以下、ラボ)」。化石の剖出作業を担当する和田和美さんは、2008年4月のラボ開館時から働くスタッフのひとりだ。「ヒョウゴバトラクス・ワダイ」の発見者でもあり、剖出も手掛けた和田さんに、仕事の極意を教えてもらった。

◆恐竜ラボで働き始める

-和田さんが恐竜ラボで働き始めたきっかけを教えてください。

会社を定年退職して、まぁ、引き続き何か別の仕事を探そうと思って、たまたま自宅の近くにハローワークがあったんで、行ったんですよ。そこに、募集要項っていうのかな?机の上にポンと置いてあったものが目に入ってね。そこに、「化石」とか書いてあったかな。それとも「クリーニング」だったか。まぁ、いわゆる「化石を整理する仕事です」と。2006年に丹波市で恐竜化石が見つかったと発表された、ということは知ってましたけどね。別にね、その時は化石に興味があったわけではなくて。最初は「(勤務地である人と自然の博物館は)家に近いし、いいかな」くらいの、軽い気持ちで応募したんです。

-それまではどんなお仕事を?

農家の人が使う30キロの米の袋ありますよね?紙でできた。あんな袋を作っている工場で働いていました。まぁ、大きな紙袋を作っていくような仕事です。

最後は製品管理部門に配属されました。納品された製品に問題があった時に対応する部署ですね。大変な部署でもあったので、定年でスパっと辞めました。そして新しい仕事を探したんですね。

-ラボに採用されたときのことを覚えておられますか?

池田先生がひとはくに就職した直後でしたね。あとで聞いたら、倍率は2~3倍だったみたいで。採用試験は、石膏の中に入っている貝の化石を削って出したりとか、そんな感じだったかな。細かい仕事だなと思ったけど、それは抵抗なかったよね。楽しかったですよ。いや、別に現役中に、なにか手をつかって細かい細工をするような趣味を持っていたわけでもないんですけどね。

採用されてから1カ月はね、ひたすら化石を見極める訓練をしていきましたね。化石とそうでないものの判別ですわ。発掘現場からね、もう、くずになった小さな土の塊を集めてきてね、バケツに入れて置いてあるんですよ。その中から化石をより出しなさい、と。そうやね。最初は、先生たちに聞かないとしょうがないもんね。1ヶ月経ったら分かるようになってきました。

実は今でも分からないものはあるんですよね。(化石かどうか判別できない)

グレーなものはある。ただ、1ヶ月くらいその訓練をし続けると、大体納得ができるところまでいったんじゃないかと思いますよ。もう、繰り返しですよね。

-剖出作業はどんなふうに訓練していったんですか?まずは恐竜の骨格を勉強して…など、下準備はしましたか?

あまりやりませんよね。まぁ、あるところまでくれば、(骨格などの基礎情報は)ちょっと知っていた方がいいかなとは思いますけれど。自分の場合は積極的に勉強しなくちゃ、というタイプではなかったかな。あのね、岩石の中に化石があったとしても、化石の縁(ふち)が、どこかで見えているわけなんですよ。だから見えているところを順番に出していっている、というイメージですかね。ただし、大胆にやる時も必要なんですよ。極論をいえば縁の部分をじっくりじっくり出していくだけで、剖出はできる。でもそれをすると、膨大な時間がかかるわけです。だから大胆さも大事なんだ。でも(失敗すると怖いから)みんな大胆にやれと言わんのよ。

-その「大胆さ」を鍛えることってできますか?

鍛えることができるかは分からないけど、できるだけ失敗しないように注意することはできますよね。例えば「大胆に割ろう」と思うその前に、一本の骨が単品で入っているか、複合で入っているか、あちこちに散らばっているか、それをやっぱり判断していかないとね。

あとはね、例えば細い骨の化石を叩いて潰したら修復の方法がないでしょ。でも割れてしまった場合はある程度は修復できる。最悪そういうことも考えながらやるしかないんですよね。

どんなに硬い石でも「目」があるんですよ。割れやすい「目」が。大体、形をみたらわかるようになりますね。

そういう技術というか経験を駆使してはじめて「大胆さ」が発揮できるんですよね。

それから我々の仕事をね、「彫刻家」とか「仏師」と表現されることもあるんですけどね。でもね、彫刻なんてのは自分の思った通りに作るでしょ。ところがこれ(化石)はそうはいかないんです。元々形があるものやから、それの形を変えたり、傷つけたりしちゃいけない仕事ですから。そういう意味では全く違うものですね。「彫刻家」や「仏師」と、わたしがやっている「剖出技師」という仕事は。

とはいえね、わたしは非常に合理性を求めるタイプなんですね。非効率なのが大嫌いで。だから道具から自分で作り始めたのが、この仕事を始めて半年くらい経ったときですかね。ちまちまやってられないな、と。なんとかして(剖出作業を)早くできるようにしよう、と、道具を作りはじめたわけです。

◆自作の道具で「合理性」を追求

-最初はエアースクライブの針先を研磨する機械を自作されたんですね。

針先の部分は一定時間使ったら石の状態にもよるけど、丸くなっていくんですね。硬い石だったらすぐに丸くなるし、柔らかかったら、まあ、それでも1日ごとにやっぱり削るって感じじゃないですか。先が丸くなると、狙ったところを削れなくなるわけですし、作業効率も落ちますから、針先の状態は非常に重要なんです。

ところが、この、針先を「研ぐ」のは、最初はみんな人間の手でやっていたわけです。するとどうなるかというと、ちゃんと中心に向かって山型に研ぐのが難しい。あと、どうしてもきれいに直線的な円錐状に削れないんですね。人間の手で研磨すると、尖ってはいるけど、ふわっと膨らみながら先がとがるような、大砲の弾の先のような感じになってしまうんです。

それで簡単な機構を考えてね、針を回しながらグラインダーの刃を当てるだけのものなんですけど。あと、こっちの「受け」(プッシング・シリンダー)の方も工夫して、これまでは針が30mmは最低ないとこの「受け」に付けられなかったんだけども、それを25mmあればなんとか付けられるように改造した。この5mmは大きいですよ。1本数千円しますからね、この針はね。

あと「受け」の部分の工夫として、細くしたんですよね。そして角度もつけられるようにした。そうすると、こまかいところにも入れやすいし、ここでも作業効率がかなり良くなった。ちょっとのことですけど、全く違うものになったわけです。自分でイメージ図を描いて、知り合いの職人さんに渡してね、作ってもらいました。

-この針を研ぐ機械とか改良版エアースクライブはアメリカでも使われているわけですね。まさか海外までいくとは最初思ってなかった。

そこまでは考えてなかったね。シカゴのフィールドミュージアムの〇〇さんは「これはいい!短くなっても使える!」って(笑)。そのあと、シカゴとか、ミシガン、アルバータと、全部で5台くらい出してるね。

-これから「こんな道具を作りたい」というようなものはありますか?

次に作るとしたら、実体顕微鏡のピント合わせの自動化ですかね。いまは足元のペダルで合わせてますけど、化石の面の高さを測って自動的に上下するようなものがね、欲しいですね。設計図は頭の中にあるんだけども、なんせ費用がかかりそうですね、そればっかりはね(笑)。

(これまで和田さんが作成した自作の道具の説明)

  • 竹のピンセット

ラボで働き始めた当初は丹波竜の尾椎の骨など、大きな骨を扱っていた。しかしその後、カエルの骨など非常に細い骨を扱うように。それらの細くて繊細な骨を取り扱うために作り始めたのが、竹のピンセットだ。従来のステンレス製のピンセットでは骨をつぶしかねない。ましてや指で持つことすらできなかった。

そこで自宅の裏庭から切り出し、乾燥させていた竹を素材に、いちから削りだして制作したのがこの竹のピンセット。「竹を使ったら柔軟性がすごくいいと思って、いろんなものを作ったんです。これはね割と評判がいいんですよ。消耗品やけど、(他のスタッフも)みんな使うので、何個か作ってます」。

  • 接着剤用スプーン

折れた化石などを修復するときに使うのが、瞬間接着剤。その接着剤を「適量」塗布するために作ったのが、特製のスプーン。直径1.2mmのステンレス棒の先をハンマーでたたき、小さなお椀型にする。その後、研磨剤などできれいに磨くとスプーンの先の「皿」の部分が出来上がる。瞬間接着剤は、つるつるの面で硬化しにくい特性があるため、微量の接着剤を皿の上に載せ、化石の断面にそっと落とすことができる。「もう本当にこの量だけピッと接着剤をのせられる。無駄なところに付いたものを拭き取ると、やっぱりそれはそれで良くないからね」。コロナ禍で自宅作業が続いたときに開発した道具のひとつ。

  • コンプレッサー付きアートナイフ

市販のアートナイフの刃を、化石に合わせてグラインダーで削るなど、形を変えて使っている。そしてこれらの刃を取り付ける軸の中心に穴を通して、その中をコンプレッサーの空気が通るように改造したのが「コンプレッサー付きアートナイフ」。刃で削り取った石の粉をふうふうと息をふきかけて取り除くのは「くらくらする」。それを解決するために作成した。

  • 特別作業ブース

手の届く範囲に自作の道具がきれいに整理され、陳列されている。そして手元には、剖出作業を施す石の中心部分をブラさずに常に一定にするための、保持用機材が備え付けられている。そして実体顕微鏡のピント合わせのために、足元のペダルで台を上下させる仕組みも。「合理的にやりたいから」と和田さん。まさに和田さん専用の「コックピット」だ。

◆「カエルの骨の裏表が見たい」

-見せていただいた道具があって初めて実現したのが、あの「ヒョウゴバトラクス・ワダイ」の標本ですね。

(池田先生が)言うたのは、カエルの骨の裏表が見たいと。魚の骨の化石なんかあるでしょ?それなんかは、半身しか削りだしていないですよね? あれは左右対称だから半身がわかればだいたいよかったんだろうけども、今回のカエルの骨の場合は表と裏ってだいぶ違うから。あれはわたしが基本ひとりで剖出したんですね。トータル2~3ヶ月かな。そのうちの135時間を使ってます。2~3カ月の間、ずっとこれをしていたわけではなくてね、息抜きしながら、ですよね。大変だったのは、この、すき間をいかに削り出すかというところで。

-最初、ラボで働き始めたときはこんなに自分でこだわると思ってなかったんじゃないですか?

こんなことまでやるとは思っていなかったし、ここではこんな仕事になるとは思ってなかったね。でもこれだけはちょっと自負するところがありますけどね。

大きな化石でもね、ここ(恐竜ラボ)で仕事をやり始めるまで結構、荒っぽかったんですよ。仕上がりが。でもここでやりだして、表面を非常にきれいに出せるようになったから。(仕上がりの水準が)多分上がっていると思います。

-いまも剖出作業は続けておられる。

今は週に2日、ラボに来て作業をしていますね。だからタイミングが合えば、作業を見てもらうことはできると思います。他にも、ひとはく主催の『化石発掘セミナー』では講師として参加しています。

-では、そこで和田さんの作業の様子を見られるし、出会えるわけですね。今日は興味深いお話、ほんとうにありがとうございました。

(取材日:2024年2月2日)