「網羅的に化石を収集する・それをまるごと残す」ことの意義は大きい(4/4)
地道に進めることで解明される「当時の生きものの生息環境」
-篠山層群では、一般の県民、地元のボタンティアも含めてとにかく「すべての化石を見つけ出す」ことを目標に、地道な調査を進めている。その調査の積み上げのおかげで、恐竜や、その他の生きものがどこで、どんなふうに暮らしていたか…生息環境の理解が進むという。
多くの人たちが参加して行われる「石割調査」は
篠山層群の「古環境」究明に迫る生命線だ
篠山層群は、本当に大きな化石から小さな化石まで、多様な生きものの化石が見つかります。でもね、それは当然なんですよ、いまの自然環境を見ても分かります。景色を見渡しただけでも、川沿いもあるし、池の中もあるし、もっと乾燥しているところもある。それぞれ環境が違うから生息している生きものも、違いますよね。例えば、最初の恐竜化石発見でもあるタンバティタニス・アミキティアエの現場を1カ所だけ見て「篠山層群は当時、こういう環境でした」なんて、言うのはおかしい。
他にもね、自然環境が違えば植生もバラバラですよ。生物ごとにハビタット(生息地)が違うんですから。だから、小さな化石なんかを丁寧に見ていくと、そういうものが分かってくるんです。
古生物学でもね、いわゆる「スター級の論文」…「新種の獣脚類を発見しました!」という論文はほんの一部です。むしろ、その周りの骨片の持ち主を、ひとつづつ解明していく論文がほとんどなんですよ。例えば、アフリカで行われている「昔の人類の化石を見つけます」という研究(古人類学)にしても、「レアな人骨が見つかりましたよ」というスター級の論文はまれで、そこの現場に行っている他の生物を調べる研究者-レイヨウやイノシシ、そして僕みたいなゾウの研究者-がその周りの骨について研究するわけです。でもそれが積み上がってきて初めて、「どんな環境でみんなが生活してきたか」が分かるわけ。いきなり真空の空間の中に人類だけがポンと棲んでいたわけじゃないですからね。棲んでいた生息環境や背景が分からないと、本当の意味での「謎の解明」にはならない。
そういう意味で言うと、『篠山層群とそれをめぐる研究環境』は、他にはない、高い水準のものですよ。だって、ボランティアさんや県民参加型の調査のおかげで、普通は見つけられないような、他の場所だったら捨ててしまうかもしれないような小さなものまで、全部取り出してしまうから。国勢調査と一緒ですよね。バイアスをかけずに、とにかく全数調査をしているようなものですからね。だから例えば、あるグループの生きものの、種のバリエーションや、その比率までわかる。「網羅的に調べる」って、一言でいうけど、人的パワーがないと、普通はできない。スター級の論文は少ないかもしれないけれど、白亜紀前期の環境を把握するためには、篠山層群は、とてつもない調査地なんです。こういう過去の生きものの生息環境について、地形や気象状況も含めてまるごと扱う学問を「古環境学」といいます。
「篠山層群ができた時代の植生」は、まだ不明な点が多い
-篠山層群は2層に分かれて存在している。その年代差は約1千万年。実際に恐竜化石が見つかっている層(大山下層)の植物化石については、まだ研究が進んでいない。それが解明されることで、「植物食恐竜が何を食べて生きていたか」「どんな生息環境だったのか」がさらにクリアになるという。
篠山層群も2つの層に分かれています。上(年代としては新しい方)の「沢田層」と、下(年代としては古い時代)の「大山下層」。「沢田層」からは植物化石が出ているんです。なので、いま書かれている復元図には、その「沢田層」から出てきた植物が描かれていたりしますね。ただ、丹波竜がいた「大山下層」の植物化石はちゃんと解明されていない。だからいまの復元図は、正しいかどうか、まだはっきり分からないんです。
「沢田層」と「大山下層」の間には、今のところ、一千万年の時間差があると考えられています。しかもその時代って、気候がガラっと変わる時期なんですね。だから、もしその気候の変化の時期にあたっているとしたら、植物の植生も一気に変わったはずです。
産地のひとつである上滝第二では、大きな「炭」が出てきた。しかも火事で炭化した…僕たちが良くみる、あの「炭」の感じ、そのままでしたよね。樹木が生のまま化石化すると、柔らかいものだとべちゃっと組織が潰れちゃう。でも見つかった植物化石は、炭と同じような感じで組織が見えて…。それが結構入っていました。それから分かるのは、ここでは昔、山火事があったということですよ。山火事があるということは、植生が破壊されるイベントがある、と。そして、何か気候的な特徴があって山火事が起こるのか…。まだこのあたりは分かっていません。
植物は葉があれば、種類の特定ができる。でも、葉が見つからなくても、埋まっていた岩の成分を調べて分子レベルで解析すると、多少変質していても、その分子を作った植物の種類が大まかにですが分かるんです。だから、炭化した植物化石と、岩から抽出した分子のデータを重ね合わせれば、どういう植物が生えていたか、粗いですが、分かる可能性があります。
パズルのピースがひとつづつ埋まるように解明される古環境、博物館の意義
-人博や行政、地域が主体となり「篠山層群」をめぐる発掘調査を始めて、約15年。その間、多くの発掘調査を経て、いま人博には膨大な研究資料が集まりつつある。全てを研究し尽くすには、どのくらいの時間がかかるのか-まだまだ先は長い。それでも「とにかく集め」、「大切に保管」しておくことで、未来の研究者へバトンを渡すことが可能になる。博物館の存在意義もそこにある。
今後の「篠山層群」研究の目指す方向を語る 故 三枝春生先生
例えばフランスの研究者で、化石化した歯の組織の中から、炭素同位体を取り出して、そこから古気候を分析する論文を書いている人がいます。同位体の分析技術も進んできたし、あとはタンパク質や脂質からDNAを取り出して分析する技術も進化している。
いまは研究・分析ができなくても、試薬が開発されたり、それを分析できる機器が開発されたり…いろいろな研究・分析環境の整備が整ったら、もしかしたら50年後、200年後に、いまは不可能だったことが可能になるかもしれない。
例えばいまでは一般的になった「CTスキャン」という技術がありますけど、その技術を使った論文もいまはたくさん発表されていますよね。壊さなくても中がどうなっているか分かる。たとえば、頭骨の化石の内部には脳が入っていた空間がありますが、その形をCTスキャンで調べれば、脳の大きさや形、脳につながる神経や血管の配置もわかり、脳の進化の手掛かりが得られている。
そこで重要になるのが発見された位置情報と共に、「掘り出された資料・試料」を可能な限り残しておく、ということです。例えばイギリスであれば、19世紀からずっと発掘調査をしてきていますから、資料・試料は膨大に蓄積されているわけです。例えばアメリカであれば、第二次世界大戦の最中でも発掘していて、例えば1943年に見つかったゾウの頭骨化石です、みたいなものが博物館の収蔵庫にたくさんある。でもね、そういったものには研究されていないものが結構あるんですよ。とりあえず掘って、顔半分だけ出して、他は劣化しないように石膏で固めてある。なぜそうなるかというと、たまたま工事で出てきてしまったとか、他の化石目的で発掘したら一緒に出てきたとかそういうものです。そして、オフィスに行くとそんなものでもその時の発掘の資料(位置情報など)がちゃんと揃っている。だから、変な話、新たな発掘をしなくても論文書けてしまうんですよ。そういう、他の研究者がまだ対象にしていないようなものをかき集めてきて、新しい視点で論文を書けばいいし、実際に論文を書けるわけです。
博物館、具体的に言えば「収蔵庫」って、そのためにあるんですよね。いまは研究分析できなかったとしても、後世の研究者が参考にできるように「とにかく資料・試料を保管」しておく。非常に重要な機能ですよ。
篠山層群に関しては、人博としても、「まるごと残す」ことを念頭にした体制を整えています。現在進行形ですから、日々、資料・試料が増えていっているんです。
ボランティアさん、一般の市民の方もたくさん参加してもらって、研究のための資料が蓄積される、そしてそれを研究者が研究分析して、論文にする…その繰り返し、積み上げで環境が徐々に明らかになってきたのが、この数年の「篠山層群」をめぐる環境です。まさに「パズル」状態ですよね。
「パズル」といっても1つや2つでは、「パズル」にさえもならないんですよ。だけど5~6くらいになると、だんだんイメージが出来てくる。最初は大きな恐竜見つかりました!だったかもしれないけど、パズルが少しづつ埋まってくる…と、見えていなかった世界が見えてくる。研究者としては、そこを面白く思ってほしいわけですよ。だから篠山層群の中でも実際に化石が見つかる化石産地が増えるというのはいいことなんです。そうじゃないとパズルのピースがはまっていかないじゃないですか。
しかもそれなりの努力をしているから、パズルがドンと来るわけですよね。出てきてくれたものに対しては、やっぱり応えないとね。そういう意味でいくらでもやることはある。
だからいろんな楽しみ方がありますね。単に「大きな植物食恐竜がいます」だけではなくて、「小さい生きものもいました」「こんな植物が生えていました」「こんな自然環境でした」…と。恐竜好きな人からみたら植物なんて興味ないかもしれないけど、でも恐竜がそれを食べていた生活の基盤ですからね。
単純に、山火事があったなんて、想像するだけで面白いでしょ。当然、山火事が起こった時は、恐竜たちは逃げ惑ったんだろうな、とか、映像でイメージしてしまう(笑)。それに当然、山火事があるというのは独特な植生なんだろうし、それに適応した動物がいたでしょうしね。そういうことはまだわかっていないわけで、だからいくらでもやることはあるわけです。
このパズル感を楽しむためには、勉強もしなくちゃいけない。でも篠山層群は、モンゴルの砂漠みたいに遠いところじゃないですし、接しやすい。だからこれをきっかけに、現場に触れて、体験して、自然のことをいろいろ勉強してほしいですね。
(2020年7月31日取材)